« 2010年06月 | メイン | 2010年08月 »

2010年07月 アーカイブ

ゴッホの人生

ゴッホの墓がある共同墓地の石の塀の向うは、一面の麦畑になっています。


わたしがこの地を訪れたのは3月のことで、麦は小さな芽を出しているにすぎず、小雨に濡れたくろぐうとした土がはるか彼方までひろがっていました。


地平線のあたりに、いくつか小さな林が見えるほかは、何ひとつ眼をさえぎるものはありません。


ゴッホが『鴉のいる麦畑』を描いたのはどのあたりなのか。


私には見当がつきませんでしたが、灰色に垂れこめた雲に蔽われたこの野を眺めているうちに、私は、いっせいに飛び去ってゆく鴉の群の幻のごときものを見ました。


オーヴェールからパリに戻って間もなく、私はオランダにたちました。


ブリュッセルからアントワープを経てオランダに入ったのですが、どこまで行っても山どころか丘らしきものも見えぬ、おそろしく平坦な北ブラバントの野を走っていると、ゴッホが、アルルへ行っても、オーヴェールへ行っても、はるかにひろがる野というヴィジョンにとらえられ続けていた理由が実によくわかりました。


オランダ生れの画家といえばモンドリアンもそうですが、モンドリアンのあの純粋抽象の画面にも、このオランダの野の記憶が刻みつけられているのではないかとも思われるのです。


その日は、ベラスケスの絵で名高いブレダに1泊し、翌朝、少し南に戻って、ゴッホの生地であるフロート・ズンデルトを訪れました。


これは、オランダ風にチョコレート色にぬった小ぢんまりとした家が並ぶごく平凡な村。


街道ぞいに牧師館があります。


ゴッホは、この牧師館で、1853年3月30日、オランダ・カルヴァン教会のフローニンゲン派に属する牧師テオドルス・ファン・ゴッホの長男として生れたのです。

ゴッホの人生 2

私は、通りの反対側に立って、今も牧師館として使われているその建物に見入ってしまいました。


オーヴェールで、彼の墓を見た直後であるだけに、まるで死の方から生を見返しているような、何とも異様な思いをしました。


そのうえ、オーヴェールの下宿の前が村役場だったように、この牧師館の前にも、オーヴェールのそれとそっくりな村役場がありました。


私は、ゴッホの『オーヴェールの村役場』を思い起し、彼が死の2週間前にあの村役場を描いたとき、このズンデルトの村役場を二重うつしにして眺めていたのではないかという思いを抑えかねました。


ゴッホのなかには、南への志向と、北へ戻りたいという願いとが共存していて、それがあの作品のなかで、ひとつに結びついたようにも思われるのです。


もっとも、そんなふうにズンデルトを想い続けてはいたものの、ここで過したゴッホの少年期は、必ずしも単に楽しかった時代と評しうるものではなかったようです。


幼いときのゴッホを知る人の証言によると、顔はそばかすだらけで、燃え立つような赤い髪の毛をした.あ少年は「一家の子供たちのうちでもっともかわいげのない子」。


しょっちゅう奇矯なふるまいをして罰せられていたということです。


むずかしい気性で、時おり手に負えぬほどわがままになり、学校でもあまりそのふるまいが粗暴になったために、女家庭教師を探すことになったともいわれています。


いずれにせよ、この少年は、人びとのあいだにあって、すでに、或る孤独のかげを引いているように見えます。


もちろんこれには生れつきの気質が作用しているのでしょうが、彼に、彼より1年前の同じ日に生れ、彼と同じフィンセントという名前をつけられ、生後数週間でなくなった兄がいたということが、気質に由来するものをいっそう強めたと考えていいでしょう。

About

2010年07月にブログ「世界を歩こう」に投稿されたすべてのエントリです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2010年06月です。

次のアーカイブは2010年08月です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り

セイコー 時計

腕時計のWEB通販。セイコー(SEIKO),グッチ(GUCCI),ブルガリ(BLGARI),SKAGEN(スカーゲン),トミー ヒルフィガー(TOMY HILFIGER)の時計を激安で通販しております。

通販コールセンター
EC&通販専門のコールセンター会社に、無料で複数の見積が取れる一括見積サイト「EC通販コールセンターナビ」。小コールや短期間でもOK!