びわの木と果実3
果実は大きい見事なものであったという。
これが茂木の最初の木である。
この木は後に枯死してしまうが、元の木の枝を接木した二代目が育っていたし、それからまた三代口が育ち、こうして後継ぎは絶えることはなかった。
この大きいビワの評判が出たのは、明治に入ってからだという。
縁があってこの町に住みついた「唐ビワ」は、次第に近辺の農家で栽培されるようになり、茂木枇杷と呼ばれるようになった。
わが国にはそれまでビワの木がなかったのかというと、どうしてどうして、ずっと大昔からあった。
本州の西側と四国、九州に自生している。
だから一千年前の平安時代の初めには、野菜 種というよりも果物としての扱いを受けている。
しかし、残念なことには果実が小さい。
小さいくせに種だけは大きい。
これに対して中国には、昔から果実の大きいビワがあった。
動物でいうと大きくなる質なのだ。
シヲさんの手のひらにのったビワの実も、そうした大きくなる素質を持っていたのである。